加治神社と智観寺

201587日、「なるほどザ飯能!!中山氏(案)」の取材のため天神様でおなじみの加治神社と智観寺に行って来ました。※10/1配布の誌面には載せきれなかった部分です。

 

慶長元年(1596)、中山信繁の家臣本橋貞潔が主君の遺命を奉じて聖天社として勧請したのち, 明治40年(1907)に九社を合祀し、加治神社となりました。武蔵七党丹党の加治氏が中山村に移り住み中山氏を名乗ったそうです。

 

立派な社殿は智観寺の東側にかつて存在した、丹党が信仰する丹生明神社から移築されたものです。

そして智観寺


信吉公から信宝(ノブトミ)まで中山氏13代の墓があります。

 

飯能市市街の北側、山を背にした地域が中山です。

 

現在では閑静な住宅街になっています。